魔法少女まどか☆マギカ

一定のラインを超える面白さはあるなー、と思いました。


構成が良く練られているのか、観ていて退屈する事はまずない。
毎話お話はダイナミックに動くし、こちらの興味を引っ張ってそこに回答を出すタイミングも適切。
噂の「イヌカレー空間」もややアクション的な魅力を減じてる気がするけど、インパクトがあって面白かった。
最近アニメに限らずTVシリーズの続き物を観る習慣が無くなっちゃっていて、1話をそこそこ楽しんだのに続きを観てないなんて事はザラな僕を最終話まで付きあわせたのは大した手腕だと思う。


深夜帯にやってたアニメだからか内容はパッケージ通りの魔法少女モノ(?)でなく、SFであり、女の子が地獄の釜で右往左往する残酷ショー。
実際、何にも知らない女の子が絶望していく過程にあるちょっと下卑た残酷さがこの作品の大きな魅力になっていると思う。
彼女達がうかつにも魔法少女の契約を交わした事で直面する己のエゴや現実の酷薄さ。
それは確かに現実世界を生きる僕たちが直面するものとも似通っている、と言えなくもないんだけど、それをわざわざそれを子供、しかも女の子に背負わせてるんだからどうしても悪趣味だったり捻れた作品になっちゃうものだよ。
でも、悪趣味=ダメという訳ではもちろんないです(「趣味の良さ」しかない、中身カラッポな作品のなんと多い事か!)。
似たラインで言うと僕は映画の「害虫」は好きだしね。
あれなんか宮崎あおいがただひたすら酷い目に合うだけで、変な所はいっぱいある映画だけど何か息を呑む真実は描かれていたと思う。
悪趣味でも、いや、悪趣味だからこそハッとするようなショックや真実を見せてくれる事はある。


本作は演出や構成、脚本の妙で「面白かった」というラインは余裕で超えてる作品だと思います。
しかし、生理的に楽しませてくれる部分以外では納得できなかったり反発を感じる部分がある。


最終話での「救済」(?)はやはりまどかという「ただの女の子」に過大なファンタジーを託し過ぎだと思うし、そこでアヴェ・マリアを流したりするような美談ムードにも辟易する(別にそれらが皮肉として観られるわけでもなし)。
あと過大なファンタジーを背負わせられてる、っていうのはまどかだけに限らないしね。
まどかの願いによって過去未来全ての魔法少女は絶望に囚われて魔女になる事はなくなるんだとさ。
これが良い事だとは思わないけどね。


「いや、それは男性である自分からの偏った見方じゃないか?まどかは背負わされたのではなく自らの意思であの行動をとったのでは」とも思ったんだけど、自分にはあのまどかというキャラクター、及びあの行動に至る決意に血が通っているようには見えなかったんだよなあ…。
他のキャラに関してはちゃんと描かれているんですよ。
一旦は絶望し、エゴイストとして生きようとするも、似た境遇のさやかを心配してしまって、もしかしたら自分の事を分かってくれるのではと期待もする杏子の機微や、どうしても自分のエゴを直視する事ができなかったさやかの心の動きはちゃんと描かれていると思う。
(個人的にはさやかが亡くなった後の葬式の場面あたりで彼女の絶望を相対化してあげる必要があったと思う。)
やっぱり自分の見方は偏ってるかもしれないという留保は置きつつ、他のキャラの行動に比べて、まどかというキャラの決意に血を通わせる事ができなかった事がこの作品の限界だったのかもしれない。
まどかの最後の行動が普通だったらできない、理に落ちない決意だったからここに説得力を持たせるのは作品全体の勝負どころだったと思う。



魔法少女がやがては絶望し魔女になるというシステム、ほむらがまどかの事を(他の一切を犠牲にして)思えば思う程業を深めていってしまう病理、これらに対して作品内で出す回答が好意的に観られず、そのせいで作品全体が大変に風通しの悪いものに見えちゃいました
最後の最後で作り手及び客を慰撫する方向へ走っちゃったな、という印象。