あぜ道のダンディ

妻に先立たれて15年になる50歳の淳一は、自分がガンではないかという疑いを抱く。2人の子どもたちには弱音を吐けない淳一は、中学時代からの親友・真田に胸の内を明かす。さえない中年の男やもめが、見栄を張りながらもダンディズムを貫き、一生懸命に生きる姿を描く。日本映画界の名脇役光石研が、デビュー作「博多っ子純情」(1978)以来約32年ぶりに主演を果たした。共演に田口トモロヲ、監督は「川の底からこんにちは」で注目を集めた石井裕也


川の底からこんにちは」は結構面白かった気がしてたんだけど…ちょっと「川の底から〜」も実はダメだったんじゃないか…と思わせる愚作。


主人公、淳一の娘について。
娘の友達が娘の目の前に援助交際相手の中年男性と「商談」しはじめて、その後のシーンでは娘に「エンコーやりなよ」と誘う。
しかも、娘がその誘いに難色を示したら付き合いがどうのこうの言い出すわけ。
援助交際があるにしても、自分が援助交際やってる事を知らない友達の前で何であんな堂々としてるわけ?
リアリティが感じられない以前にここは大変サイコに見えた。
まーこの映画の登場人物の大半は何考えてるか分からんサイコばっかりなんですけどね。


※ちなみに、その後、援助交際を娘に半ば強要した女子高生は主人公に「メス豚」と罵られて怪訝そうな顔して映画から退場しました。多分ギャグのつもりなんでしょうがスベってたし不快だったよ。


息子周りの描写についても同様。
染谷翔太演じる友達が自分の母親の事を「ババア」と連呼する。
母親が不在である息子と彼を対比させる意図があるんだろうけど、「ババア」はねえだろ「ババア」は…。


そうそう、そこで出てくる染谷君のお母さんもそう、主人公である淳一の奥さんもそうなんだけど、ちょっと美人過ぎね…?
特に淳一の奥さんは大変浮き上がっていて見えて、歌が吹き込んである遺言のテープで淳一が色々泣いたりするんだけど、その夫婦像にリアリティがないから、彼らが歩んできた歴史を想像させないつくりになっちゃってて、全く感情移入ができなかった。
あんまり考えてないんだと思う。


淳一とその唯一の親友の描写もまた酷いんだ。
中学生時代からの付き合いで一緒にイジメを受けた経験もあるんだけど、イジメの回想シーンも、その辛い思い出を共有してるっていうのが二人の絆を強めてるはずなのに…妙に遠巻きに撮ってて…。
腰が引けてるんじゃないでしょうか、全く痛そうに見えなかったし。
それを抜きにしても淳一とその親友の関係は「長い付き合いのある、共に時代を生きてきた同士」感がまぁ〜ったくない。
淳一が(ほんと唐突に)怒鳴る→親友が弱弱しく反応する、っていう描写が多いから、何というか…親友が淳一の単なる映画上の付属物的な装置にしか見えなかった。


この親友の描写に顕著で、これがこの映画が「泣けない」事の根本原因だと思ってる事があって、要するに50にさしかかった中年男の父としての悲哀とその肯定みたいな事を描いているにも関わらず、その男の人生における歴史の厚みみたいなものを一切感じないんですよね。
この映画、主人公がいる家族の外部要するに仕事している描写が極端に希薄なんですよ。
若くはない体に鞭打って働いて家庭を支えている、ストレートにカッコ良くはないかもしれないけど、オヤジはずっとこうやって戦ってきたんだ!という描写が薄いから映画全体が白々しい事この上ない。
だから、主人公も「不器用なお父さん」ではなく「キレ所のよく分からないサイコ」に見えた。


ここから先は作り手の視点の話。
予告編見た段階では、「あー、石井監督もまだ20代だし、息子、もしくは娘の視点かなー」と思ってたらビックリするほど、ぶっちゃけ謙虚さや節度を欠いて気持ち悪い程主人公淳一に視点が寄ってたね。
それに合わせるように、息子、娘、親友、あと健康が諸々主人公に対して(人によっては大した理由もなく)甘くなる。
台詞で語りすぎてるチャラチャラした映画全体のルックと併せて観ると全く「ダンディ」じゃないんですよ。
むしろ女々しいと言ってもいいぐらい。


映画内で田口トモロヲ演じる親友が主人公の息子にこういう台詞を言う。
「オヤジが死んで俺は色々後悔してるんだよ。そういう事なんだよ。分かる?」
「キミのお父さんはね…ダンディだよ。(中略)そういうお父さんの心意気を理解する義務が君にもあるんだ」
この台詞が本作の文脈だと物凄く恩着せがましく聞こえた。
少なくとも演出や演技諸々で観客に実感を持って納得してもらうはずのこの映画(映画というものは皆そのはずだけど)で言わせるのは筋が違うだろうと。
映画を投げてるように見えた。


他にもギャグが滑ってる(そのせいで登場人物に愛嬌が宿らない)という点や、主人公が夢で見る理想の家族描写(何が面白いわけでもないのに不気味にニッコニコ)が「冷たい熱帯魚」における社本の妄想を想起させて作り手の意図せざる所で中々エゴイスティックに見えたり、色々カチンと来た所がある映画です。
この映画、主人公がビール飲んで酔ってるシーンが多いんですけど、まあその…「居酒屋でやれ」って言葉がぴったりくる映画なんじゃないでしょうか。
実際、一部の観客が表面的に言ってほしい事を言ってあげる映画に見えたしね。


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父親の描写に関しても、友人の描写に関してもこちらの方が良いと断言できます