ヒミズ

正直何が良いのかサッパリ分からなかった。
冷たい熱帯魚」や「愛のむきだし」では感じなかった説教臭さ、自己完結した気持ち悪さを感じてしまった。
あと単純に退屈な映画だったとも思う。


こういう感想を持つに至った原因が多分、自分自身原作の漫画ピンとこなかった所にあるのかもしれない。
どうも主人公の苦悩というものがいささか観念的で曖昧模糊なものに見えて、彼の絶望へひた走るマイナスベクトルのストイックさや苦しみに理解や共感が向かなかった。
多分、俺が思ってしまうような、「親が逃げた時点で警察行けばいいじゃん」とか「もっと人に頼れよ」というような言っちゃえばマトモな声が届かないような少年を作者は主人公に設定している、って事なのかもしれない。
だから、原作の「ヒミズ」一般的なお題目的幸せから零れ落ちた、苦しさのどん底にいる少年(若くて視野が狭いものだから簡単に絶望しやすいし自殺しやすい)に何とか胸張って提出できる救いの回答はないものか…と作者が苦悩する姿は見て取れる。
個人的には、主人公・住田のような人物と自分の立場が違う以上はそこに完全無欠の回答なんて出せるわけがないと思うし(だから原作はあのラストになったんだと思うけど)、大人の立場からの説教の声が届かない以上は、ひとまず目の前の絶望は横に置いておけるような「楽しい事」を実感を持って橋渡ししてやる事が必要だと思うんだけどね。
まとまってないけど、作者自身と主人公の生真面目さがどうにも僕には合わないのですよ。


で、今回の映画「ヒミズ」だけど、いつもの園子温映画のように役者の力演が炸裂してる映画だった。
それ単体はそれ単体として面白かったと思う。
原作ではあった「死神」「化け物」のイメージを使えない分染谷将太は頑張って演技でカバーしてたと思うし、二階堂ふみも原作の茶沢さんとは大分違うけど面白かったですよ。
ただ、やっぱり単なる「面白過剰演技の博覧会」になっちゃってる部分があると思うし、その過剰さが上滑りしていると思う。
俺は序盤の学校の先生が説教をぶつあたりから非常に冷めた気持ちになってしまった。


あと、園子温映画によくある、「これが現実だ!目を逸らすんじゃねえ!」という極端なディティール。
原作と重なる部分は多いけど、茶沢さんの両親の絞首台のくだりは…。
いや、住田の父親の光石研の住田に対する態度からしてそうなんだけど、ちょっと両親問題が過剰に図式化され過ぎじゃないか?


愛のむきだし」も「冷たい熱帯魚」も極端なディティール、役者の力演で猪突猛進に突っ走るから何より面白いし、「これも現実の一部」という観る側にも後からバランスを取る余地があって良いと思った。
だけど、今作「ヒミズ」に関しては学校の先生やAAA西島のストリートライブの描写もそうなんだけど、「普通の人たち」の戯画化された描き方に、逆に視野狭窄や傲慢さを、もっと言うと幼稚さを感じてしまう。
いや、俺だってあの手のモノは嘘っぱちだと思うけど、この映画で出す解答だって万能じゃないんだよ。
そこの謙虚さが欠けている映画は愛せない。

ラストも、音楽のバランス等一応配慮されていると思うけど、どうしてもノリ切れない。
茶沢さんが待っていない人はどうすりゃいいわけ?っていう突っ込みの気持ちが湧いてきてしまうし、夜野というキャラを渡辺哲演じるおじさんに変更して、熱い演技をさせた件含めて、大人の、しかも安全圏からの無責任なエールに見えて腹が立った。
これは考え過ぎかもしれないけど、震災と絡めた事で被災者へのエールとしようともしてるっぽいんだけど、そんな映画を被災なんかしてもいねえ、せいぜい電気が止まったぐらいの土地で「消費」するのって…という後ろめたさも生まれる。


茶沢さんが原作から大分改変された事で終盤、僕の苦手なセカイ系な香りがほんのりして嫌だった、とか文句言いたい部分は無数にあるんだけど、もういいです。園子温監督の次回作に期待したいと思います。