哀しき獣


中国延辺朝鮮族自治州でタクシー運転手としてまじめに働いているグナム。しかし、妻を韓国に出稼ぎに出した際に作った借金の取り立てに追われ、さらには妻からの音信も途絶えてしまう。借金を返そうと賭博に手を出し逃げ場を失ったグナムは、殺人請負業者のミョンに、韓国へ行ってある人物を殺したら借金を帳消しにする、と持ちかけられる。グナムは悩んだ末、借金を返すため、そして妻に会うため密航船で韓国に向かう……。


ある一点を除いては、中々面白い映画だと思います。

ほとんど説明台詞に頼らないので結構長い映画なのに全体的にスムースかつタイトな印象を受けます。
序盤、依頼を交渉する場面では車の乗り降りで非常に視覚的に説明できているし、怪物・ミョン社長を「怒らせてしまった」事を示すために家一軒燃やしてみせたり…同じくミョン社長が敵を二人程バラバラにしながらも、情報を吐く相手にはタオルを渡して一応丁寧に扱ったり…。



最終的に事件の全容を登場人物の誰一人把握していなくて、(我々観客がぼんやりと見える事件の全容ですらグレーゾーンに保たれている)それぞれがそれぞれの視野の元に行動し、ひたすら死体の山が積まれていく…という感じも良いと思いました。
主人公のグナムが依頼主から裏切られ、女と(文字通り)すれ違い、韓国という国でも殺人犯にされ、ズタボロのまま中国と韓国の中間地である原題の「黄海」で沈められるラスト!そこで使われる音楽含めて凄いラスト!
ここは本当に素晴らしいです!


女とすれ違っている男がそれでも女への思いを頼りに突っ走った果てに…、という話で「遺骨」を持って歩く絵面を見ると、ちょっとペキンパーの「ガルシアの首」を思い出しました。



アクション、という名の殺し合いも見事。
前作「チェイサー」もそうですがアクションっていうより殺し合いですね、あれは…。
ピストルとかを使わなず、手斧や骨(何の骨なんだろう…)で殺し合うものだから「ガチ」感が物凄くある。
あと、追いかけっこも血湧き肉踊る!
特に最初のグナムが警察に追い掛け回される所は、グナム受難劇始まりの合図であり、映画のギヤが一段階上がる感じがして物凄く興奮しました。


こんなにスゲエ所がいっぱいある映画なのに今ひとつ入りきれなかった原因がありまして…。
(僕の場合この映画観る直前に「サウダーヂ」を観てたっていうのがあるのかもしれませんが)
やっぱ最後の方は分かり辛かったです。
分からなくてパンフレット買って、後から考え直してようやく腑に落ちたぐらいです。
僕なりにこうなった原因を考えたのですが
・話自体が複雑に入り組んでいる
・映画全体がタイト過ぎてこちらに状況を把握する余裕を与えられないのかも…
・韓国での公開版が日本での公開版より長いらしく、いくつか端折られてる描写があるのでは…?
・グレーゾーンに留めておく意図がストーリーテリングにおいては裏目に出てしまっている
・ミョン社長が強烈過ぎる

…やはり原因ははっきりとは掴みかねますが、
僕は個人的に終盤の分かりにくさがストレスに感じてしまったために、100%映画に没入する事ができませんでした。

考え出すとバスから逃走するくだりは韓国映画が警察をマヌケに描くっていったっていくらなんでも…と思ってしまったり(それ自体はコメディ的に面白いのですが)、
港でない住所の紙渡したらバレちゃうんじゃないのかなどいくらか穴が見えてしまいました。
ストーリー上の穴は観てる間には気にならなかった部分なので問題はないのですが、やはり終盤の(責任を自分でなく映画に求めるとするならば)不親切さがもったいないと思います
通常映画はネタバレは歓迎されない事ですが、この映画に関してはネタバレくらっていた方がよりスムーズに楽しめたかもしれません。
もしくは事件の全容を把握する事に意識をおかずに観られれば…。


とはいえ、そこさえどうにかなればスゲエ映画です。
ちょっとしたユーモアや「殺し合い」、人はバンバン死にますし、車はたくさん転がります。
おまけに、(終盤の混乱さえ乗り越えられるか、瑣末な事と割り切る事ができれば)ズシンと来る余韻もある。
やはり観るべき映画の一本ではないかと思います。